原子核は,互いに強い相互作用を及ぼし合う陽子と中性子からなる自己束縛量子多体系である。 陽子数と中性子数を合わせて質量数と呼ぶ。真に安定な原子核は質量数が1(陽子)から209までの207種類だけである (質量数が5と8の安定な原子核は存在しない)。存在が確認されている不安定な原子核は約3000種であり, さらに約3000種の不安定な原子核が存在すると予想されている。
 
 原子核は大きさが数ミリメートルの百万分の一の百万分の一程度(ナノメートルの百万分の一)の,量子力学によって記述されるミクロな多体系である。 原子核を構成する陽子と中性子は,大きさが 1/2 のスピンをもつフェルミ粒子であり,パウリの排他律に従う。 原子核は,陽子や中性子の一粒子的な運動だけでなく,原子核の表面振動や回転運動など多くの構成粒子が関与する集団的運動などがあり, 特に,2種類の構成粒子(陽子と中性子)が存在することによって,様々な様相を呈する。
 
 武藤研究室は基礎物理学専攻の中でも境界領域基礎物理学講座に属し,原子核構造研究を基盤として,原子核の物理とともに,原子核を用いた物理(素粒子物理学や宇宙物理学との境界領域)に挑戦しています。研究テーマの概要を下に示します。

 詳しくは上の【研究テーマ】をご覧ください(現在作成中)。
 

 

原子核を構成する粒子の一粒子運動

 原子核は電子と同様に殻構造をもつ。原子を構成する電子は,原子核及び他の電子と電気的な力を及ぼし合っている。電子の質量は原子核の質量より圧倒的に小さいので,原子核の正電荷がつくる静電ポテンシャルが電子に対する一粒子ポテンシャルになる。他方,原子核にはこのように中心になるものが存在しない。陽子と中性子が互いに強い相互作用を及びし合っていて,その結果,陽子や中性子の一粒子運度の描像が成り立っていると思われる。すなわち,陽子や中性子の間にはたらく2体相互作用の平均場として一粒子ポテンシャルが導かれると考えられる。一粒子ポテンシャル内の運動のエネルギー固有値が一粒子エネルギーである。
 我々は,原子核の殻模型に基づいた和則を用いて一粒子エネルギーの定式化を行った。得られた式は単純であるが極めて合理性の高い表現であり,原子核構造の長年にわたる研究において,なぜ導かれたことがなかったのか不思議なくらいである。
この定式化は,特に,近年中性子過剰核の構造で注目を集めている,陽子数や中性子数の変化に伴う原子核の殻構造の進化(shell structure evolution)を定量的に議論する上で不可欠なものになっており,殻構造の進化について深い理解が得られるようになった。

 

中性子過剰核における魔法数の消失

 従来,研究されてきた核種は,主として安定な原子核,およびその近傍の原子核であった。 しかし,近年の実験技術の進歩により,非常に不安定な原子核,すなわち,陽子数に比べて中性子数が非常に多い中性子過剰核の研究が進められている。 これらの原子核では,安定核,あるいは,その近傍の核とは異なる性質をもつ。その中でも最も顕著な例が魔法数の消失である。
 原子核の殻構造は,陽子数・中性子数がある特定の数(2, 8, 20, 50, 82, 126)のとき結合エネルギーが著しく大きくなる現象として現れる。しかし,中性子過剰核においては,中性子数 8 及び 20 が魔法数になっていない。
 我々は,原子核内における一粒子エネルギーの変化から「なぜそのような性質が現れるのか」「そのような性質が現れる機構は何か」を明らかにし,また,魔法数の消失が陽子と中性子の系の集団的運動に及ぼす影響を示してきた。この研究の成果は,超新星爆発時に起こる重元素合成を信頼性高く理論的に予言する上で重要な指針を与えている。

 

二重ベータ崩壊とニュートリノの質量

 原子核をミクロな実験室として利用する典型的な例が原子核の二重ベータ崩壊である。 これは,ニュートリノの基本的性質(どのくらいの質量をもつか,反ニュートリノがニュートリノと同じ粒子か異なる粒子なのか)を探求し, 電弱相互作用の標準模型を超える新しい物理学への道を開く過程として期待され注目されている。未知の領域を探るため,原子核の遷移機構の解明,遷移行列要素の予言などに貢献している。

 

中性子の電気双極子モーメントと時間反転対称性の破れ

 時間反転対称性の破れは自然界における基本的相互作用の重要な性質であるが,この破れを直接検証する有効な手段として期待されているのが中性子の電気双極子モーメントの測定である。孤立した中性子は15分程度で崩壊するが,原子核内の中性子は安定であるので,原子核をミクロな実験室として利用して測定する方法が考えられている。
 一方,原子核を含む原子に外から電場をかけて中性子の電気双極子モーメントを測定しようとするとき,電場によって原子を構成する粒子の変位が生じるため,電場と電気双極子モーメントの相互作用に起因する系のエネルギーの変化の多くが相殺されてしまう(Schiff の定理)。
 Schiff の定理は静電ポテンシャルによって相互作用する非相対論的荷電粒子系において成り立つ。しかし,原子核の構成粒子である中性子は電荷をもたず,また,陽子や中性子のあいだには強い相互作用がはたらく。従って,電場と電気双極子モーメントの相互作用に起因する系のエネルギーの変化は構成粒子の変位によって完全には相殺されないはずである。原子核と電子からなる原子系において,系を支配するハミルトニアンのどの成分が相殺されないのか,また,相殺されずにどのような形の相互作用が残るのかは,未だ明らかになっていない。量子力学が適用される系の未解決の問題であり,基本的相互作用の性質にかかわる重要な問題である。

 

原子核構造模型の開発

原子核物理学が未知の境界領域へ挑戦する際には,その基盤となる原子核構造の予言が信頼できなくてはならない。 信頼度のより高い理論的予言のため,強く相互作用する量子多体系でだる原子核構造を微視的に記述する模型を開発している。 物理的に重要な特徴をできるだけ損なうことなく単純化した模型を開発し,原子核構造の統一的理解に向けて系統的計算を試みている。