研究概要

1915年頃のアインシュタインによる一般相対論の確立 により、宇宙(時空)そのもののダイナミクスを扱うことが初めて可能になり ました。その後の観測により、現在の宇宙は膨張していることが分かっていま すので、このことは、過去に遡ると宇宙がどんどん小さくなり、その結果、物 質が激しく相互作用し、高温高密度の状態になることを意味します。我々は、 現在でも、このような”熱い”頃の宇宙の名残(証拠)である宇宙背景放射を 観測することが出来ます。また、高温高密度の宇宙では、原子でさえも原子核 と電子に、更には原子核も陽子と中性子、もっと温度が上がるとクオークまで ばらばらにされます。つまり我々の周りに現在ある元素は元からあったもので はなく、宇宙の歴史の中で作られたものです。驚くべきことに、一般相対論に 基づいた宇宙の膨張則と地上の実験で得られた核反応率から、各(軽)元素が どのくらい出来るかを理論的に予言することが出来、また、これが実際の観測 結果とも良く一致しています。このことが、”熱い”宇宙のもう一つの証拠と なっています。

それでは、宇宙はいきなり高温高密度の状態から始まった かというと、そうではないことが分かって来ました。この高温高密度の状態に なる前に、インフレーションと呼ばれる急激に宇宙が膨張する時期があったこ とが分かって来ました。インフレーション期には、真空の量子力学的な揺らぎ が膨張により引き伸ばされ、密度の濃淡をつくり、星や銀河の種になることが 分かって来ました。このような密度の濃淡は、”熱い”頃の宇宙の名残である 宇宙背景放射にも温度や偏光の揺らぎを生じます。この温度や偏光の揺らぎの パターンを実際に観測し、それとインフレーションとの予言を比較することに より、インフレーションが起こったことがほぼ間違いないことが分かって来ま した。

このようにして、最近の観測と理論の発展により、宇宙の 歴史について大雑把には分かってきましたが、依然として宇宙の本当の始まり についてはほとんど分かっておりません。ビックバン宇宙論というのは、現代 的には、ビックバンという大爆発により始まったというのではなく、初期の頃 に宇宙は高温高密度の”熱い”状態を経験した、ということを意味しています。 また、一般向けの雑誌等には頻繁に、”宇宙は無からトンネル効果によって始 まった”といったような記述がなされていますが、これらは観測的根拠はもち ろん理論的根拠もほとんどない単なる仮説であって、残念ながら最新の研究で も、宇宙の本当の始まりについては分かっていません。

一方、宇宙の歴史についてだけでなく、宇宙の構成要素に ついても驚くべきことが分かってきました。なんと宇宙の96%近くのエネル ギーが、我々がその正体を知らない未知の物質(暗黒エネルギー、暗黒物質と 呼ばれる)から成っている、というものです。我々がよく知っている物質(元 素)はわずか4%ほどしかありません。また、この元素についても、理論的に は物質と反物質は対等であるにも関わらず、我々の宇宙にはほとんど反物質が 存在しないという大きな謎があります。

このように宇宙の歴史や構成物、そしてそれらを支配して いる基本法則について調べようとすると、時空自身の性質(重力理論)と物質 の性質(素粒子論)が必要になります。しかし、残念ながら、一般相対論が検 証されているスケールは0.1mmぐらいから太陽系・銀河系ぐらいまでのサイズで あり、それ以外のスケールでの重力理論が一般相対論からずれている可能性は 多いにあります。また、素粒子論の法則もTeVくらいまでのエネルギースケール でしか、実験的には検証されていません。これらの領域を越えた検証を行うに はもはや宇宙を用いるしかありません。つまり、新しい重力理論や素粒子論を 提唱し、それに基づいて宇宙の歴史や現象を予言し、これを観測と比較するこ とにより、宇宙について知見を得るとともに、逆に、新しい重力理論や素粒子 論を取捨選択していくことが、私達が行なっていることです。

我々の宇宙に対する理解は始まったばかりであり、知れば 知るほど宇宙は謎めいたものになっています。宇宙はどのように誕生したのか? インフレーションはどのように起きたのか? 一般相対論はどこまで正しいの か? 我々の宇宙を支配している素粒子の究極理論は何か? 暗黒エネルギー、 暗黒物質の正体は何か? なぜ、反物質は宇宙にほとんど存在しないのか? こ のような宇宙や重力、素粒子の謎について、当研究室は取り組んでいます。